新ジャンル開拓で見つける本の楽しみ

面白い作品や新しい分野の書籍が読みたいと感じている時、私はアンテナを張り巡らせて情報収集をおこなうことにしています。例えば友人宅でご飯をご馳走なる時にお薦めの書籍についての話題を提供することがあります。読んでいる作品を聞くことでその人の趣味や以外な一面を覗くことが出来るのも興味深くて面白いからです。読書の習慣を持つ人からの情報はどんどん取り入れて有効活用したいものです。
私の友人には洋裁教室に通っている方がいます。月1度行われるレッスンの後には生徒と先生とで水入らずの夕食をするそうです。先生の手作りレシピとで美味しいお酒でおしゃべりをする時間はとても楽しく有意義な時間だとか。食事会での話題は、世間話や美容、最近読んだ書籍など多岐に渡ったトークに及びます。彼女は日本文学を好んで読むそうですが、生活に役立つエッセイや美容に関する本も最近は積極的に読むことにしているそうです。洋裁教室の女性との情報交換がなければ新しいジャンルを知ることもなかったと話していました。読書生活の中でジャンルの新規開拓はきっかけが大切です。新ジャンル1発目に読んだ本が面白いと次々と他の書籍にも幅をきかせてゆけるからです。友人との食事やお酒を共にする場、電車の中の広告などアンテナを張り巡らせているとよりよい情報が飛び込んでくるものです。その時はすかさずチェックして、新しい本の世界に足を踏み入れてきたいものです。

水族館での思い出と小説

今から1年ほど前に水族館を訪れました。海からも近く気持ちいい潮風を感じることが出来る水族館でした。大小それぞれの水槽にたくさんの魚達が泳いでおり、海の中の世界を垣間見ることが出来ます。小さな熱帯魚は色がきれいで可愛らしくて、思わずガラスにへばりつきながら眺めてしまいます。まるで童心に帰ったような感覚を覚えます。数ある水槽の中でもマグロやエイが群れをなす巨大水槽は圧巻でした。水槽を180度見渡せるフロアがあり、泳いでいる光景を下から眺めることが出来るスロープもありました。私はその大きな水槽の周りで1時間位佇んでいました。あれから月日が経った今でも、悠遊と泳ぐ魚を思い出します。そんな時ある文学作品がふと頭をよぎります。この作品は短編で描かれたラブストーリーです。短いストーリーですがとても濃厚で読み応えがあり、愛することや生きることを考えさせてくれる物語です。作品の中で主人公の女性とその彼氏が誰もいない海中にせり出た水族館で時間を共にします。海の奥底にあり光が届かない美しい青色の中で、主人公の女性が感じる「好きな人と過ごす幸せ」がとても胸を打つのです。これからも水族館に行くときにはこの小説が頭に浮かぶのだろうと思います。素敵な作品を胸に気持良さそうに泳ぐ魚達を眺めることは、とても贅沢で有意義なレジャーです。

うどんについてのおいしいエッセイ

麺類の王道とは何かと聞かれた時、思い浮かぶものにラーメン、そば、うどん、パスタなどが挙げられます。その中でも二極に別れるのは「そば派」「うどん派」なのではないでしょうか。私はどちら派かと聞かれると少々困ってしまいます。それはどちらも同じくらい食べる頻度が高いからです。
私は十年以上前に読んだあるマンガ家のエッセイでとても印象深い文章を思い出しました。それはお父さんが作る一見何の変哲もない地味なうどんがとても美味しいというものでした。残り物の野菜やもち、煮物など雑多な具材で煮込まれており見た目はお世辞にもおいしそうとは言い難いそうです。しかし一口食べるとその雑多なダシが上手にミックスされていいハーモニーが生まれるそうです。このエッセイを読んだ時に風邪を引いた時に食べる料理を思い出しました。私も幼い頃に熱を出すと母にうどんを作ってもらったものです。大人になった今でも妙に懐かしくなりたまに作ることがあります。冷蔵庫に入っているものを適当に刻み鍋に放り込んでスーパーで購入した麺を入れて煮込むだけというシンプルな調理方法です。しかしどこか優しい味を感じることが出来ます。体に染みついている思い出の味は誰にでもあるものです。それは疲れた時にパワーの原点となる料理なのだとひしひしと感じることがあります。

素敵なB級グルメと書籍

コロッケが無償に食べたくなる時があります。そんな時はおうちでじゃがいもをふかし丁寧に潰してたっぷりの挽肉と玉ねぎを投入し、油で揚げて作ることにしています。料理をする時間がない時は、コロッケが美味しいお気に入りの定食屋に駆け込むこともしばしばです。
私が収集しているグルメについて書かれている雑誌や書籍では、コロッケはB級グルメとしてカテゴライズされていることが多いです。日本人の国民的揚げ物であるこのお総菜の美味しく手軽に食すことができるという素敵な特徴がB級グルメとして定義される理由なのかもしれません。他にもハムカツ、カツサンドなどがB級グルメとして紹介されることが多いようです。そんなお手軽グルメを題材にしている書籍にはおいしい情報が満載です。日本全国の食堂を特集している作品や作家達がグルメ談義に花を咲かせる記事など読んでいてヨダレが出そうな書籍がたくさん発売されています。私自身も手軽に食べることが出来る食材や料理を扱う書籍から、美味しい情報をたくさん得ています。そして書籍で出会った赤提灯系の庶民的なつまみとお酒を食べることが出来る居酒屋さんとは私のご贔屓のお店としてお付き合いさせて頂いております。決して高価なものではなくても、思わず笑顔になるような庶民的な美味しい食べ物達が主役の本がたくさん登場して欲しいと心から願っております。

愛に傷ついた人の特効薬とは

自室の部屋にあるラックの中から昭和の名曲が収録されたCDを見つけました。昭和の著名な作曲家の作品を収録した2枚組アルバムです。古きよき時代の切なく心に残るメロディーと供に歌詞がとても記憶に残る1枚です。
収録曲の中でも2人でいる男女の孤独を歌った詩は切なくてとても味わいがある1曲に仕上がっております。2人で時を過ごしていてもどんなに愛していてもどこか埋まらない心の隙間を丁寧に緩やかに描いており、曲を聴くだけでその世界にじっくりと浸ることができます。もしかすると自分が人を好きになった時に経験したことがある痛みだからこそこの歌詞のよさが分かるのかもしれません。
恋愛について描かれた芸術作品はたくさんあります。音楽やお芝居、文学と表現方法は違っても愛する切なさや喜びは心に密かに残り過去の自分の人生に思いを巡らせるものです。愛とは人間が生きてゆく上で避けることが出来ない不滅的なものです。失恋をしたり傷ついた時に二度と人を好きにならないと心から誓うことがあります。しかし時間が経てばまた人を好きになってしまうから心とは不思議なものです。愛について書かれた作品が日々誕生するのは書籍や音楽が傷ついた時の特効薬として用いられているからなのかもしれません。

エッセイから取り入れるフランス流ライフスタイル

洋服をたくさん買いたい。クローゼットを服で埋め尽くしたいといった願望を持っていたことがありました。たくさん洋服があったとしても上手く着回すことができずにタンスの肥やしになってしまうことがあります。それはもったいないことかもしれません。ここ最近の私はお金をかけずにいかに楽しくシンプルに生きるかを考えて生活をしてみようと思い始めました。そんなライフスタイルの手助けとなるものに、フランス人の生活を描いた作品があります。フランスの日常生活を題材とした随筆には、心の豊かさを持ちながらいかに優雅に生きるかを提案した作品が多くあるのが特徴です。
数多い作品の中でぜひトライしてみたいと思ったものに「10着のワードロープ」という着回し収納術があります。クローゼットの中に10着の洋服のみをいれておき活用する方法です。コートや靴、キャミソールなどのインナーは別としてデニム、スカート、ニット、カットソーなどのアイテムを10着のみ入れて着回しをするそうです。この方法を活用すると、少ない洋服を活用しておしゃれを楽しむためにも質のいいものを買うようになるとか。高くても質の良いものを買うことで必然的に無駄なものや必要ではないものにお金を使わなくなります。こうした変化により購買に関する考えもシフトするきっかけにもなりそうです。この随筆の筆者も今まで物欲に任せて買い物をしていた生活から本当に欲しいものにお金を使う生活へと変化があったと記しています。自分にとっての幸せを得るためにも思いきった思考転換は大切なのです。

写真集でプチ贅沢時間

芸術を楽しむために、美術展や写真展に出向く人も多いと思います。美術館では企画展や常設展などが開催されており、1年中アートを楽しむことが出来ます。私も休日や平日の空いている時間には、会場に訪れて芸術鑑賞をしています。こうした時間は日常生活から解放されるので気持ちをリフレッシュさせるだけではなく、美意識を高めることにも効果があります。目や頭だけではなく、心にもよい時間です。
先日、芸術鑑賞で訪れた会場内のショップに行ってみました。マグカップなどの生活雑貨やお菓子、ポストカードなどアートに関する商品が置かれており見ているだけでも楽しむことができました。ショップの一区画に写真集や芸術家が書いたエッセイ、作品についての書籍のコーナーがと設置されており写真集を購入しました。とても鮮やかな花や風景、人物を被写体にした作品で思わず一目惚れしてしまいました。この書籍との出会いを機におうちでも美術鑑賞ができるようになりました。枕元に置いておき、寝る前に写真を眺めることで心を癒します。家での書籍を利用した芸術鑑賞は、日常生活の少し贅沢な時間としてとても重宝しています。今度この写真家の個展があったら、会場に出向いて大きなパネルを眺めようと思っております。

小学生時代の教科書から学ぶこと

小学校の時に国語の教科書に載っていた作品をふと思い出すことがあります。当時はあまり気に留めていませんでしたが、記憶のどこかに収納されているのだと思います。また大人になってから読み返してみると子供の頃とは違う見解が出来るようになると同時に純粋な心を思い出す効果もあるようです。
先日、物置においてある小学校時代の教科書を読み返してみました。懐かしく思いながらページを進めていると一編の詩に目が留まりました。この作品は今から数年前にテレビコマーシャルで朗読されていたもので、世界が朝を迎える状況を表現したものです。短い言葉で綴られていますが、手に取るように朝を迎える様子を想像することが出来ます。その様子を想像することは太陽が昇るように希望を与えてくれます。映画館の本編上映前に流れるCMでこの作品の朗読を聞いた時は、美しい映像に心が揺さぶられました。あれから月日が経ち、改めて読むと日本語のよさや美しさが実感できました。日頃コミュニケーションを取る時に繊細さやニュアンスの捉え方で苦労することもあります。それらは日本文学のよいスパイスになっているのだと思いました。読む時々でいろんな感情を与えてくれる文学は、母国語や自分の気持ちを確かめるよいバロメーターになりそうです。

若いと理解できないけど、年を取ったら理解できる本とは

みなさんは、「マディソン群の橋」という本を手に取られたことはありますか?ロバート・ジェームズ ウォラー著で、以前、クリント・イーストウッドと、メリル・ストリープが主演で映画化されていた本です。私の母の本棚に、その本がありました。母は大好きで、映画を見て号泣していた記憶もあり、10代の頃に読んでみました。けれど、当時の私はあまり主人公に感情移入ができませんでした。かたや思春期真只中の女の子、かたやくたびれた中年の恋。「そりゃあ、まだ共感できないこともある。大人になれば分かるわよ。」と、当時の母に言われた覚えがあります。
そして先日、もう大人になりましたし(笑)また読み返してみました。ですが、やっぱり共感できないんです。可哀想だな、切ないな、という気持ちもあるのですが、当時の母ほど感情移入できません。まだまだお子様なのかしら(笑)
こういうふうに、年齢によって感じ方が違う本ってありますよね。若いころは分からなくても年を取ってから意味が理解できるようになった本、同じ自分なのに若い時は心揺さぶられてたものが年をとって否定的になってしまう本。私は、あと10年したらまたこの本を読み返してみたいと思います。

ぼくは勉強ができない

山田詠美さん「ぼくは勉強ができない」という本は当時学生だった私に、大きな影響を与えてくれた1冊です。彼女の作品はいろいろ読んでいますが、中でも印象に残っているものがこの本です。自分と同い年くらいの子たちの話だったから、というのもあるかもしれませんが、彼女の本の全体に流れる「雰囲気」に飲み込まれて、読んでいる時に切ないけれどその中にも独特の心地よい空間を感じられるからです。
高校生の頃はいつものことだったもの。教室に入った時のざわざわ感、退屈な授業の時間、先生が黒板にチョークで何かを書く音、テキストをめくる音、ノートに書き込む音、咳払い、椅子を引いたときに立つ音…etc、あの頃の音が鮮明に耳の奥によみがえってくるのですから、不思議なものです。
そしていつも思うのは、山田詠美さんの書く登場人物が、絶妙だということ!人間って複雑だけど魅力的だなあと、彼女の作品を読むといつも感じます。読む人によっては好き嫌いは別れるのかもしれませんけれどね。
まだ彼女の本を読んだことのない方は、ぜひ代表作とともに、一度読んでみてほしいです。学生の頃の懐かしい感じを思い出したい方にもおすすめの1冊です。

文章を読むのが苦手な人にもオススメ☆個性溢れる作品揃うSSサイトを要チェック!